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楽(ラク)の効用。崇高でなくても完璧じゃなくてもいい。

こんにちは!心理セラピストの田中ゆうこです。

次男が久しぶりに朝から行った運動会。

私はというと・・久しぶりに重たい風邪をひいていました!

今日は1週間ぶりくらいの家の掃除でほぼ終わりました・・。

明日からは元の調子に戻りたいです!

 

今日は心理セラピストとしての主観です。

主観ですので、「そんなの主観じゃない~」と思った方がいらしたらごめんなさい。

 

心理系のセラピストって

「もう私、親のことを許したし。もう全然大丈夫だし。」

と思い始めたときが、最も在り方が危うい気がするのです。

 

こう思う大きな理由は、以前、運も気力も果てた前回の起業での、

あの傲慢さが最も運を落としていたわ~って思うから^^;

 

心理系のセラピストで最も必要な訓練は

気づく訓練なんだと思う。

 

ああ、私って傲慢なんだわ。

ああ、私ってめっちゃジャッジしているじゃん。

ああ、私って超、見下してるじゃない。

って・・・気づけること。

 

私はずっと崇高な存在に憧れていた。

ずっと完璧になりたかった。

でも人間である限り、とりあえず完璧にはなれない。

 

崇高への憧れを手放せたのは

自分に楽を許せたからかも。

 

【楽(ラク)】はずっと悪いことだと思っていたから。

ズルいことだと思っていたと思う。

 

でも楽(ラク)は自然体ということ。

その人らしさ、ということ。

楽な人と一緒にいると自分の楽になって楽しくなって踊りたくなるし

泣きたくなるし

 

泣いていいんだ、って思えるから、好き。

 

自分も好きになれるし

もちろん目の前にいるクライアント様も愛おしくなる。

 

また楽(ラク)でいられると

気づきも深くなる。

 

ほんと、自分の闇も光も

楽であればあるほどクッキリ見えるように感じます。

 

 

 

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