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共依存は愛ゆえなんです。

こんにちは!心理セラピストの田中ゆうこです。

今日は今回の我が子の不登校や暴れる・手を出すということから

「共依存」について考えてみたいと思います。

今回の記事は、とてもデリケートな話題なので、心理学の専門家が書くというより、私自身の体験を私がどう感じたかということで、これを読んでくださったの一助となったら嬉しく思います。

 

共依存とはウィキピディアによると

共依存(きょういそん、きょういぞん、英語: Co-dependency)とは、自分と特定の相手がその関係性に過剰に依存しており、その人間関係に囚われている関係への嗜癖状態(アディクション)を指す。 すなわち「人を世話・介護することへの依存」「愛情という名の支配」である。

と書いてあります。

 

今回の子どもの不登校。

私も子どもの不登校が始まってから、数週間は共依存の状態だったと思ったのです。

 

「この子は私がいないとダメ」

「この子のことは私が一番分かっている」

「この子は私が守らなくては」

 

母親って本当に子どものことに必死に成ってしまう。

愛があるゆえに。

でも本当に「私じゃなくてはダメ」なのでしょうか?

ひょっとして、私が成長や良くすることを邪魔している可能性はないでしょうか?

 

母親である自分が状況を悪くしている。

こんなに必死にやっているのに。

こんなに頑張っているのに。

認められない、認めたくなんてない!!!

 

「もしかして、私、必死になりすぎ??」

そうふと感じた時、腹の底から湧き上がってきた思いであり怒りでした。

 

「こんなにやっているのに!」ってね。

 

でも実際に

こんなにやっているのに、良くなっていない。

こんなにやっているのに、わかってもらえていない感じ。

こんなにやっているのに・・

こんなにやっているのに・・

 

 

もう疲れちゃった。。。

 

 

愛があるゆえに必死になりすぎて

どんどんのめり込んで

どんどん自分を見失ってしまう。

どんどん、一生懸命やることが

相手の問題を解決することが自分の人生の課題のように感じてしまう。

 

 

もう、相手の問題は相手に返してあげましょう。

大丈夫。

その人はその人で解決できるんです。

信じてあげましょう。

その人の力で、周りのみんなの協力をもらって解決ができるんだということを。

力を未来を信じてみましょう。

力を抜いてみましょう。

外を見回してみましょう。

 

私自身、必死になりすぎて

季節の変化すら感じにくくなっていました。

 

それくらい、子どもの問題を抱え込んでしまっていました。

問題に中毒になっていました。

 

不登校は、これとか、あれとかで解決できることじゃないですよね。

 

だとしたら・・

母親の私だからこそ出来ることは

ゆっくり落ち着いて、

その子の一番良いように解決できることを信じて

プロセスを見守ること。

 

心配という名の親の期待の元に

その子の力を奪わないこと、かもしれません。

 

問題を心配しすぎず

周りのすべての大人と

当人の力と未来を信じようと思えた時、

 

ほんと、力が抜けました。

 

 

共依存は愛ゆえなんです。

 

それくらい

私は子どもを愛していたということ。

でもその愛を健全に使っていきたいと思いました。

 

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