tumblr_nj9pdj5HKd1u60tx6o1_1280

ただ聴くこと。家族への傾聴 義理の母編

こんにちは、心理セラピストの田中ゆうこです。

先日、東京に2泊3日でアシスタントとして外泊してきました。

その間、我が家の留守を1時半かけて義理の母に来てもらい見てもらっています。

本当に義母がいるおかげで、私は仕事ができています。

 

でも、以前はこんな関係ではありませんでした。

私は義母にとても怒っていましたし、恨んでもいました。

転勤族の都会育ちの私が長野の村への結婚は風習も違っていて、納得できないことばかり。

更に子どもが生まれてストレスも重なって

「育児ノイローゼになったのは、素直に甘えられない実の両親のせい!

仕事にかまけている夫のせい!!

風習を押し付ける義理の両親のせい!!!」

って怒っていましたね~^^;

 

実際のところ、

怒りと恨みを全部手放せたかというと、そうでもないんです。

まだまだ怒っているところもあるんです。

 

ただ、怒り、恨み、他人への否定・批判は

一番、自分が苦しんだって腑に落ちて理解できたときから

「本気でやめよう」

「やめて、本当の自分の人生を生きよう」と決めました。

 

怒りは情熱に変わるんですが

そのままだと自分も人も傷つけてしまうから

本当に生きたい人生は生きられないんです。

 

ですから、私にとって義理の母の話を聞くことは

そんなに簡単なことではありません。

 

実際に義理の母の話を聞いていると、出てくる、出てくる、否定的な感情や声。

「それは踏み込みすぎでしょ」

「う~ん、それは重たい」

「いやいや、息子のことなんだからもっと考えてほしい」等々・・。

 

ですから、人の話を本当に聴くのはすごくすごく難しい。

 

特に身近な、しかもうまくいかなかった過去がある人の話を聞くのは

期待や不満、今までの痛い経験もあるからとってもハードルが高いと思います。

 

でも、そもそもは

自分の中にすでにハードルがあるんです。

 

過去の痛い経験から生まれたものなのですが

【この人は○○な人だから、こう言う、こうする】という決めつけがあり

そしてこう言う、こうする○○な人を私が【悪】と決めつけているんです。

 

どう感じ

どう思い

どう行動するのか。

それを決められるのは当人の自由です。

 

相手の在り方は変えられないけど

だからこそ自分の在り方は取り組める。

 

ただ、私は否定もせず「そうなんだね」と聞くことで、

相手の存在そのものを承認することができる。

 

ただ聴くことは

すぐ近くにあって、小さくてささやかだけど

実はとってもハードルが高くて難しい、

最上級の愛の表現だということを知っています。

with*Natural 田中ゆうこからのメルマガをご希望の方は、こちらにご登録くださいませ。

with*Natural心理セラピーへようこそ
お名前(呼び名でも可)  *
メールアドレス  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-family
-,